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東京地方裁判所八王子支部 平成6年(ワ)2964号 判決

原告

望月すみ江

右訴訟代理人弁護士

中川瑞代

栗山れい子

荒木昭彦

被告

富国生命保険相互会社

右代表者代表取締役

小林喬

右訴訟代理人弁護士

八代徹也

主文

一  被告の原告に対する、平成六年八月三〇日付けの同年九月一日から一年間の休職命令は、無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金二八五万〇七六〇円及び平成七年八月二〇日限り金二五万九一六〇円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項同旨。

二  同第二項同旨。

三  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年二月九日(訴状送達の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

被告が、原告の頸肩腕障害を理由に、原告に対し、主文第一項記載のとおりの一年間の休職命令を出したのに対し、原告が、右頸肩腕障害は通常勤務に何ら支障のない程度にまで回復したから、就業規則に定める休職事由には該当しないとして、右休職命令の無効確認、未払賃金の支払い及び弁護士費用の支払いを求めた。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和四九年七月に被告と雇用契約を締結し、被告八王子支社において業務に従事してきた。

2  原告は、平成三年四月二二日から平成四年一〇月一三日まで傷病欠勤をしていたが、同年一二月一日に復職した。

3  被告は、平成五年二月二六日、原告に対し、被告内務職員就業規則(以下「就業規則」という。)第四八条一項の(5)「本人の帰責事由により業務上必要な資格を失うなど、該当業務に従事させることが不適当と認めた場合」及び同項(6)「その他前各号に準ずるやむを得ない理由があると会社が認めた場合」に基づき、原告を同年三月一日から六か月間の休職とする旨を通知した(以下これを「第一回休職命令」という)。

4  原告は、第一回休職命令が無効であるとして、東京地方裁判所八王子支部に、被告に対する賃金仮払仮処分命令を申し立て、同年七月二七日、原告の申立てを認める旨の決定がされた。

5  被告は、同年八月二三日、原告に対し、同様に就業規則第四八条一項(5)及び(6)に基づき、原告を同年九月一日から一年間の休職とする旨を通知した(以下これを「第二回休職命令」という)。

6  原告は、第二回休職命令が無効であるとして、東京地方裁判所八王子支部に、被告に対する賃金仮払仮処分命令を申し立て、平成六年一月一四日、原告の申立てを認める旨の決定がされた。

7  原告は、第一回休職命令及び第二回休職命令がいずれも無効であるとして、東京地方裁判所八王子支部に、被告に対する休職命令無効確認等を求める訴え(以下「前訴」という。)を提起し、同年五月二五日、右各休職命令の無効確認及び賃金の支払いについては原告の請求を全部認める旨の判決がされた。

8  被告は、同年八月三〇日、原告に対し、同様に就業規則第四八条一項(5)及び(6)に基づき、原告を同年九月一日から一年間の休職とする旨を通知した(以下これを「本件休職命令」という)。

9  原告は、本件休職命令が無効であるとして、同年一二月一六日、本件訴えを提起した。

10  原告が、被告から支給されるべき賃金は月額金二五万九一六〇円であり、その支払方法は、当月一日から末日までを一か月分として計算し、これを当月の二〇日に支払うというものである。

11  本件休職命令が発令された同年八月三〇日当時、原告の頸肩腕障害は治癒していない。

二  争点

1  無効確認の利益の存否

(一) 原告の主張

被告においては、就業規則中で、退職金及び退職年金受給につき、勤続年数によって差異を設け、かつ、休職期間は勤続年数に計算しないと定められている上、定期昇給についても休職者は不利益な取扱いを受けている。したがって、被告から原告に対し未払賃金が支払われるだけでは回復し得ない不利益が存在するから、原告は、別途、被告に対し、休職処分の無効を確認する訴えの利益がある。

(二) 被告の主張

一般に、過去の法律関係の存否の確認を求めることは許されずに、過去になされた休職処分の無効という、単なる過去の事実の確認を求めるにすぎない請求の趣旨第一項は不適法である。また、原告の主張する退職金等についての不利益は、将来起こりうるかもしれないという抽象的な不利益かつ予測にすぎないから、これを理由に訴えの利益を認めることは許されず、これらの不利益が具体化したときに給付請求を起こせば足りるものである。結局、原告の請求の趣旨第一項は、同第二項の原因(理由)にすぎず、端的に同第二項の給付を求めれば足りるから、同第一項の確認を求める法律上の利益は存在しない。

よって、被告は、請求の趣旨第一項につき訴えの却下を求め、予備的に請求の棄却を求める。

2  休職事由の存否

(一) 被告の主張

被告が原告に対し、休職を命じたのは以下の理由による。

原告は、平成三年二月二五日から同年四月三〇日まで、頸肩腕障害により休業加療を要する旨の診断書を被告に提出し、同年二月二五日から同年四月二一日までは年次有給休暇を取得し、翌二二日から傷病欠勤の届出をした。平成四年になって、原告から軽減勤務の要求が出されたが、その根拠として提出された診断書では、半日勤務及び週一日の休業が必要とされていたので、就業規則第三四条三項にいう、傷病欠勤者が出勤しようとする場合の「治癒についての医師の証明書」に該当しないとして、被告は、原告に対し、疾病が治癒し全日の通常勤務が可能となった時点で復職を届けるよう回答した。その後、原告の所属する全労協全国一般東京労働組合(以下「組合」という。)と被告との間で、原告の復職につき団体交渉が繰り返されていたが、同年一〇月一三日の団体交渉の席上において、原告から、就業規則に従った全日の通常勤務ができるし、疾病の増悪の可能性もないとの言明があり、労使双方その旨の確認ができたので、被告は、本来なら原告の疾病が治癒していない以上、傷病欠勤の扱いを解くことはできないところを、例外的に、同日をもって傷病欠勤の扱いを解き、同年一二月一日からの出社を認めた。

ところが、原告が出社してわずか五日間の勤務を経た段階で、「過度の緊張等身体への影響から症状再燃をまねくこともあり、衣服、椅子について、当該がリラックスして業務に臨めるよう配慮することを要す。」との内容の診断書が提出されたため、被告としては、どのようなことをさせれば過度の緊張等をすることになるのか、原告が特定しない状況では、たとえ被告が配慮したとしても、原告が緊張したり、リラックスしなかったりすれば、病状再燃(増悪)を招く可能性が存在するのであって、このように将来の病状再燃(増悪)を招くことが明らかにされている以上、従業員に対する安全(健康)配慮の観点からしても、また、原告及び組合が、従前から原告の病状が増悪した場合には被告の責任を追及すると主張していることからしても、原告に対し、就労を命ずることはできないと判断した。なお、この点につき、原告は、全日勤務が可能であると主張しているが、頸肩腕障害という疾病の性質上、原告の症状が増悪する危険性が具体的に存在していたことは明白であるから、全日勤務が可能であるとは言えない。

そこで、被告は、これらの点に加えて、被告の産業医の見解、団体交渉時の原告や組合の主張等の内容、原告の就労状況等を総合勘案して、第一回休職命令を発するに至った。そして、第一回休職命令の期間満了の平成五年八月末日までに、原告から、疾病の治癒及び症状の増悪可能性が存在しなくなったことを明確にした、就業規則に従った復職申出がなされなかったため、第二回休職命令を発したのであり、同様に、平成六年八月末日までに、原告から右のような復職申出がなされなかったため、本件休職命令を発したものである。

したがって、本件休職命令には休職事由が存在する。

(二) 原告の主張

本件休職命令には、以下のとおり休職事由が存在するとは言えないから、無効である。

原告は、平成四年一二月一日に復職した後、第一回休職命令までの約三か月間、通常の全日勤務を行っており、それによる症状再燃もなかった。また、被告が休職命令の根拠の一つとする診断書は、原告が職場での椅子改善要請を行ったところ、その根拠として提出を求められたものであり、原告が勤務できるかどうかを判断するために提出されたものではない。

なお、被告は、原告の症状再燃の危険性のない職場環境がどのようなものか明らかにされていないから、被告の方でどのような配慮(措置)をすればよいか不明である点も、休職の根拠として主張しているようであるが、原告が被告に対し、症状が悪化し、通常勤務ができないとして、就労にあたり特別の配慮を求めたことはないから、この点は休職の根拠とはならない。

したがって、原告は、通常の全日勤務に支障のない状態であり、それによる症状再燃もなかったから、就業規則第四八条一項(5)及び(6)に該当しないにもかかわらず、第一回休職命令を受けたのであって、右休職命令には休職事由が存在するとは言えないところ、その後、原告の症状が悪化したこともないから、本件休職命令にも休職事由が存在するとは言えない。

3  人事権の濫用

(一) 原告の主張

本件休職命令は、第一回休職命令及び第二回休職命令と同様、原告の被告に対する女性差別の是正改善を求める行動や、原告の所属する組合と被告との団体交渉における労働者の権利確保の行動を嫌悪して、原告を職場から排除するために発せられたものであり、被告の人事権の濫用であるから無効である。

(二) 被告の主張

原告の行動について被告が嫌悪した事実はなく、団体交渉及び文書回答等により、適切に対応している。

4  損害賠償請求権

(一) 原告の主張

被告は、第一回休職命令及び第二回休職命令が前訴においていずれも無効と判断されたにもかかわらず、本件休職命令を発したものであって、これは原告の就労する権利及びこれに基づく賃金請求権を故意に侵害するものであるから、不法行為に該当する。そして、本件訴訟追行にかかる弁護士費用は、被告の不法行為と因果関係を有する損害であるから、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、弁護士費用金一〇〇万円の支払いを求める。

(二) 被告の主張

労働契約は、労働者の提供する労務と使用者の支払う賃金が対価関係に立つ双務契約であり、労務の提供は義務であって権利ではないから、労働者、本件においては原告に就労請求権はなく、就労請求権の侵害ということはあり得ない。また、仮に、原告の賃金支払請求が認められれば、原告の不利益は全て回復されるのであるから、賃金請求権の侵害もあり得ない。したがって、原告の就労請求権及びこれに基づく賃金請求権の侵害を前提とする、原告の損害賠償請求は理由がない。

第三争点に対する判断

一  休職命令無効確認の利益の存否

1  一般に、確認の訴えにおいては、紛争の存する現在の法律関係を対象とするのが適当でありかつそれで足りるが、そのような現在の法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが、現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には、過去の法律関係の存否の確認を求める訴えであっても、確認の利益が認められるというべきである。

2  これを本件についてみると、被告は、「内務職員退職金規程」第三条二項(3)において、退職金の額の算定根拠となる(同規程第八条参照)勤務年数につき、休職期間を算入しないことを定めているし、「適格退職年金規程」第二八条二項において、退職年金の受給資格の基礎となる(同規程第一〇条参照)勤続年数につき、休職期間を算入しないことを定めているところ、退職金計算の基礎額は、退職時又は死亡時の本給とするものとされ(内務職員退職金規程第四条)、また、退職年金又は適格退職年金は、いずれも入社後勤続年数二〇年以上の職員に支給するものとされ(内務職員退職金規程第一六条、適格退職年金規程第一〇条)、かつ、その支給期間は、勤続年数が満二五年以上の職員は終身、勤続年数が退職年金については二〇年以上二五年未満の者、適格退職年金については二五年未満の者は、いずれも一五年間とされている(内務職員退職金規程第二〇条、適格退職年金規程第一三条)。また、被告は、「内務職員職員給与規程」付則である「(2)本給運用規程」第六条において、休職者の昇給については復職時点でその都度定めるものと規定し、通常の内務職員の定期昇給と異なる取扱いをしている(〈証拠略〉)。

被告によるこのような取扱いは、休職命令を受けた職員に、退職金の額、退職年金の受給資格、受給期間、定期昇給等につき具体的な不利益を与えるものであって、休職命令の効力を争う職員が、単に休職命令による休職期間中の賃金の支払いを求めただけでは解決できない事柄である。したがって、本件において、原告が休職命令という過去の法律関係の無効確認を求めることは、現に被告による休職命令に関して原被告間に発生した一連の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要であるといえるから、原告には休職命令の無効の確認を求める訴えの利益があるというべきである。

なお、被告は、原告の主張する退職金等についての不利益は、将来起こりうるかもしれない抽象的な不利益かつ予測にすぎないし、これらの不利益が具体化したときに給付請求を起こせば足りる等と主張するが、既に認定したとおり、本件においては、休職命令の無効を確認することが、原被告間の一連の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要であるところ、このような場合において、原告に具体的な不利益が生じた都度、給付請求を起こさせるというのでは、紛争の解決方法としてあまりにも迂遠であるから、被告の主張は採用できない。

3  以上により、本件休職命令の無効確認を求める原告の訴えは適法である。

二  休職事由の存否

1  以下の証拠によれば、本件休職命令に至る経緯は次のとおりであると認められる。

(一) 原告は、平成三年二月、八王子中央診療所において、小島正道医師(以下「小島医師」という。)の診察を受けた。小島医師は、原告の肩や腕の痛み、不眠等の自覚症状や、握力の低下、筋肉の硬結、筋硬結部位の痛み等の所見から、原告を頸肩腕障害であると診断し、同月二五日から同年四月三〇日までの休業加療を要する旨の診断書を作成した(〈証拠略〉)。原告は、同年二月二五日から同年四月二一日まで年次有給休暇を取得し、同月二二日以降は傷病欠勤した(〈証拠略〉)。

(二) 平成四年四月二四日、小島医師は、原告に対し、半日勤務、毎週水曜日の休業、一か月間の経過観察を条件として、同年五月一日から就労可能である旨の診断書を作成した。その際の原告の握力は、両手ともほぼ一般女性の平均値である二〇キログラムを下回っており、原告の頸部から背部、さらに腰にかけての脊椎の周囲の筋肉が、いわゆる「板状硬」という、板のように硬い状態であった。原告は、右診断書を被告に提出したが、被告は、就業規則第三四条三項にいう、傷病欠勤者が出勤する場合の「治癒」についての医師の証明書に該当しないとして、原告の出勤を認めなかった(〈証拠略〉)。

(三) 同年八月二一日、小島医師が原告を診察したところ、原告の握力は二〇キログラム以上に回復しており、原告の背骨の棘突起部分を押してみてもほとんど痛みがなく、その周りの筋肉もやわらかい状態であった。そのため、小島医師は、通院、加療をしながらの全日勤務(月曜日から金曜日までの午前九時から午後五時までの勤務)が可能であると判断し、同年九月一日から全日勤務可能であるとの診断書を作成した。そして、原告は、同年八月二四日、被告に対し、右診断書と共に同年九月一日からの出社届を提出した(〈証拠略〉)。

これに対し、被告は、原告及び組合との団体交渉の席上において、原告が、週に二回、一時間程度の理学療法に通い、週に一回、一時間強の水泳に通っていることが、週三日の通院加療にあたるから、全日勤務が可能であるとは言えないとして、原告の同年九月一日からの就労を拒否した。そこで、原告は、小島医師に就業時間外の通院が可能である旨を確認した上で、同月二四日、被告に対し、全日勤務が可能である旨の確認書を提出し、同年一〇月一三日の団体交渉の席上においてもその旨を述べた。被告は、同日付けで原告の傷病欠勤の扱いを解き、原告に対し、同年一二月一日から出社するよう通知した(〈証拠略〉)。

(四) 原告は、同年一二月一日、被告に出社した(〈証拠略〉)。原告は、内勤の事務職であり、全般的に端末操作に従事する等の特殊事情のない、平均的な仕事量の業務についていたが、右出社後も同様の業務に従事し、概ね週一回、就業時間外に小島医師のもとに通院していた。その際、原告は、被告から一般職員と異なる特別の配慮を受けたことはなかった(〈証拠略〉)。

同月九日、小島医師は、原告に対し、「頸肩腕障害 右記で症状軽快し就労中であるが、過度の緊張等身体への影響から症状再燃をまねくこともあり、衣服、椅子について、当該がリラックスして業務に臨めるよう配慮することを要す。」との内容の診断書を作成し、原告はこれを被告に提出した(〈証拠略〉)。

(五) 被告は、原告に対し、平成五年二月二六日付けで第一回休職命令を発した(〈証拠略〉)。

これに対し、小島医師は、原告の平成四年一二月一日からの勤務開始により、特に症状の悪化は見られなかったため、平成五年三月三日、「頸肩腕障害 右記にて九二年一二月一日より全日勤務で就労しているが特に休業を要する症状増悪は認められない。現在から、全日勤務に何ら支障ない状態と認む。」との内容の診断書を作成し、原告はこれを被告に提出した(〈証拠略〉)。

(六) 被告は、原告に対し、平成五年八月二三日付けで第二回休職命令を発した(〈証拠略〉)。

これに対し、小島医師は、同月二五日、「頸肩腕障害 右記について、三月三日付で示した診断通り、現症からみても全日勤務に何ら支障のない状態。むしろ『休職』によって三月時に比べ、症状は改善した状態と認む。」との内容の診断書を作成し、原告はこれを被告に提出した(〈証拠略〉)。

(七) 第二回休職命令の期間満了前の平成六年八月一九日、原告は、被告に対し、同年九月一日からの復職届けを提出した。同年八月二五日、小島医師は、「頸肩腕障害 右記にて加療中であるが、通常勤務に何ら支障のない状態と認む。」との内容の診断書を作成し、原告はこれを被告に提出した(〈証拠略〉)。

被告は、原告に対し、同月三〇日付けで本件休職命令を発した(〈証拠略〉)。

(八) 原告は、本件休職命令が無効であるとして、東京地方裁判所八王子支部に、被告に対する賃金仮払仮処分命令を申し立て、平成七年一月二六日、原告の申立てを認める旨の決定がなされた(〈証拠略〉)。

(九) 本件休職命令が発令された同年八月三〇日当時、原告の頸肩腕障害は治癒していない(〈証拠略〉)。

2(一)  ところが、被告の原告に対する本件休職命令の通知書(〈証拠略〉)の記載によれば、被告は、原告の頸肩腕障害が治癒し、その症状の増悪可能性がなくなったとは言えないことを理由に、全日の通常勤務が可能な状態に至ったとは認められないと判断し、その結果、就業規則第四八条一項(5)「本人の帰責事由により業務上必要な資格を失うなど、該当業務に従事させることが不適当と認めた場合」及び同項(6)「その他前各号に準ずるやむを得ない理由があると会社が認めた場合」に該当するとして、原告を休職処分にしたものであると認められる。

(二)  そこで、まず、原告に同項(5)の休職事由が存在するか否かが問題となる。この点、被告は、右休職事由は、「本人の帰責事由により業務上必要な資格を失う」場合を一つの例示としているにすぎないから、必ずしも本人の帰責事由を前提としているわけではないと主張する。しかし、「該当業務に従事させることが不適当」か否かを判断する基準として、「本人の帰責事由により業務上必要な資格を失う」ことを代表例として例示しているのであれば、本人の帰責事由のない場合で、該当業務に従事させることが不適当な場合をも、同項(5)の休職事由に含めるのは不自然であり、まさに右判断の基準として「本人の帰責事由」の存在が前提になっていると言えるから、同項(5)の休職事由には本人の帰責事由の存在が要求されると解すべきである。

したがって、仮に、原告に頸肩腕障害の増悪可能性が存在する場合であっても、それは原告の責めに帰すべき事由に起因するものとは言えないから、右症状の増悪可能性の存在をもって、原告に右就業規則第四八条一項(5)の休職事由があるということはできない。

(三)(1)  次に、原告に、同項(6)の休職事由が存在するか否かが問題となるが、右規定の文言は抽象的であるので、休職事由を例示した同項(1)ないし(4)の文言を参考にして、その内容を検討する。(証拠略)によれば、同項(1)は「傷病欠勤が引続き第三二条の期間以上にわたった場合」と、同項(2)は「事故欠勤が引続き一か月以上にわたった場合」と、同項(3)は「本人から休職の申し出があり、会社が必要と認めた場合」と、同項(4)は「刑事事件によって起訴された場合」と定められていることが認められるが、職員からの申出に基づく同項(3)を除き、いずれも職員が、被告及び職員双方の責めに帰すべからざる事由により、又は職員の責めに帰すべき事由により、通常勤務を行うことに相当程度の支障をきたす場合を休職事由と定めているものと解することができる。

そして、既に認定したとおり、被告が、原告の頸肩腕障害が治癒しておらず、その症状の増悪可能性がないとは言えないことから全日の通常勤務が可能な状態に至ったとは認められないと判断していることからすれば、被告は、原告に同項(1)のいわゆる傷病休職に準ずべきやむを得ない事由があるとして、原告に休職命令を発したものと考えられるところ、同項(1)に加えて、就業規則第三一条一項、第三二条一項(1)、第三三条二項、第三四条及び第三五条によれば、被告においては、職員が業務外及び通勤災害以外の傷病によって欠勤するときは、まず、傷病欠勤の扱いをし、傷病欠勤の期間内に治癒しないときにはじめて傷病休職を命ずるものとされていると認められること(〈証拠略〉)、既に認定したとおり、休職命令は休職中の被用者に退職金の額、退職年金の受給資格、受給期間、定期昇給等につき具体的な不利益を与えるものであることを併せ考えると、傷病休職に準ずべきやむを得ない事由があるか否かは厳格に解釈すべきであり、本件においても、原告の頸肩腕障害が治癒しておらず、症状の増悪可能性がないとは言えないとしても、それが同項(1)の傷病休職の場合と実質的に同視できる程度に通常勤務を行うことに相当程度の支障をきたすものである場合に、初めて同項(6)の休職事由に該当するものというべきである。

なお、被告は、就業規則第三四条三項で、傷病欠勤中の者が出勤する場合に、「治癒についての医師の証明書」を提出しなければならないことや、同第五一条に、傷病による休職中の職員については、通常勤務可能な場合に限り、復職を命ずる旨の規定があること等を根拠に、疾病が治癒していることをもって通常勤務が可能となり、それにより復職を命ずることができると主張するが、本件における原告は、被告にいったん復職しており、傷病欠勤中の者ではなく、また、第三二条所定の期間を経過して第四八条一項(1)の傷病休職に移行した者でもなく、新たに、右(1)の傷病休職命令を受けた者でもなく、同項(5)及び(6)の休職事由の存在を根拠に休職命令を受けた者にすぎないから、傷病欠勤ないし傷病休職を前提とする右第三四条三項や第五一条の文言がそのまま判断基準になると考えるべきではなく、したがって、被告主張のように、疾病の治癒を前提として判断することはできない。

(2) そこで、本件休職命令発令時である平成六年八月三〇日の時点において、原告に休職事由が存在すること、すなわち、原告の頸肩腕障害の症状が、同項(1)の傷病休職の事由と実質的に同視できる程度に通常勤務に相当程度の支障をきたすものであったことについては、被告がその立証責任を負うと解されるところ、この点につき、前記1の(一)ないし(九)で認定した原告の症状等についての経緯をふまえて検討する。

まず、被告は、既に認定したとおり、原告の頸肩腕障害が治癒しておらず、その症状の増悪可能性がないとは言えないことを理由に、全日の通常勤務が可能な状態に至ったとは認められないものと判断し、本件休職命令を発しているところ、その根拠の主なものとして、原告が復職して実働五日後に作成された、前記1の(四)記載のとおりの小島医師の平成四年一二月九日付け診断書、原告の心因的要因により症状再燃のおそれがあるとの趣旨の被告の産業医作成の意見書(〈証拠略〉)、団体交渉時の原告ないし組合の発言、原告の就労状況等を挙げるようである。しかし、既に検討したとおり、原告の頸肩腕障害が治癒しておらず、症状の増悪可能性がないとは言えないとしても、それが就業規則第四八条一項(1)の傷病休職の場合と実質的に同視できる程度に通常勤務に相当程度の支障をきたすものである場合に、初めて同項(6)の休職事由に該当すると解すべきであるから、被告の右主張は、原告の頸肩腕障害が治癒していないこと及びその症状の増悪可能性の存在だけを前提としている点で採用できない。また、診断書については、(証拠略)によれば、小島医師は、職場の人間関係についての原告の訴えを聞いたが、それを直接記載するわけにはいかないので、被告に対し、職場環境に配慮をしてほしいという意味合いで書いたにすぎず、全日勤務をすると原告の症状が再燃するという趣旨で書いたのではないと説明しているから、この診断書から、原告の症状が通常勤務に相当程度の支障をきたすほどのものであったということはできない。右診断書が被告に提出された後、約二か月半もたってから第一回休職命令が発令されていることからしても、右診断書が本件休職命令の根拠になっているのか否か疑わしい。さらに、被告の産業医作成の意見書については、原告を直接診断したことのない医師の作成にかかるものであって、採用に値しない。

むしろ、前記1の(一)ないし(九)で認定したとおり、原告の症状は、平成四年八月ころになって、同年四月ころと比べてかなり軽快したこと、それを受けて小島医師は、原告が通院、加療をしながらの全日勤務が可能である旨の診断書を作成したこと、その後の組合と原(ママ)告との団体交渉の結果、原告が被告に復職したこと、原告は復職後は週一回程度、就業時間外に通院していただけであり、第一回休職命令が出されるまでの約三か月間、いわゆる全日勤務を行っていること、この間、原告は、内勤の事務職として平均的な仕事量の業務に従事しており、特に頸肩腕障害の症状が悪化するようなことはなかったこと、第一回休職命令及び第二回休職命令の各発令後、小島医師がそれぞれ、原告の症状につき全日勤務に何ら支障のない状態である旨の診断書を作成したこと、本件休職命令発令の直前である平成六年八月二五日に、小島医師が、原告の症状につき何ら支障のない状態である旨の診断書を作成したこと等の事実が認められ、これに加えて、第一回休職命令発令後、第二回休職命令及び本件休職命令を経るまでの間、特に原告の頸肩腕障害の症状が悪化したことを示す証拠はみられないことを総合すると、原告の頸肩腕障害が治癒していないことに争いはないとしても、本件休職命令発令時の原告の頸肩腕障害の症状及び勤務状況は、被告において通常勤務を行うことに相当程度の支障をきたすほどのものではないということができる。

なお、被告は、本件において原告から書証として提出されている、小島医師の前訴における証言が信用性に乏しいと主張するが、一方、原告の症状増悪の可能性が存在するとの被告の主張の裏付けとしても小島医師の証言を引用しており、矛盾する態度というほかない。また、他に、前認定を覆すに足りる証拠もない。

(3) したがって、本件休職命令発令時の原告の頸肩腕障害の症状及び勤務状況は、就業規則第四八条一項(1)の傷病休職事由と同視できる程度に、被告における通常勤務に相当程度の支障をきたすものであるとは言えないから、同項(6)の休職事由に該当すると認めるに足りない。

3  以上より、本件休職命令発令時において、原告には休職事由が存在すると認めるに足りないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件休職命令の無効確認を求める原告の請求の趣旨第一項は理由がある。

また、原告の月額賃金については当事者間に争いがないから、同第二項も理由がある。

三  損害賠償請求について

原告は、就労請求権及びこれに基づく賃金請求権の侵害を理由に、被告の不法行為を主張しているところ、一般に、使用者は、賃金を支払う限り、提供された労働力を使用するか否かは自由であって、労働受領義務はなく、労使間に特約がある場合や特別の技能者である場合を除いて、労働者に就労請求権はないものと考えられ、本件における原告にも就労請求権はないものと認められるから、就労請求権の侵害を前提とする原告の損害(弁護士費用)賠償請求は理由がない。

したがって、原告の請求の趣旨第三項は理由がない。

(裁判長裁判官 仙波英躬 裁判官 岩田眞 裁判官 釜井裕子)

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